天然真珠の歴史(『ヤマトヤ通信』2018 春号より)

2018.03.13

皆さま、こんにちは!ヤマトヤ本部の青嶋 純佳です。

毎年恒例になりましたが、この三月もヤマトヤでパールフェアを実施しております。

つい先日発送させていただきました『ヤマトヤ通信』の春号では、

パールフェアにちなんで天然真珠の歴史に焦点を当てたページがあります。

ホームページをご覧の皆さまにもこの記事内容をお届けできれば・・・と思いましたので

こちらにもアップロードいたします!

ご一読いただけると嬉しいです!

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養殖真珠を人類史上初めて成功させたのが、御木本 幸吉(ミキモトの創始者)。1893年、今から125年前のことです。養殖技術の発達のおかげで、真珠の生産効率が格段に上がりましたが、それに伴って、天然真珠の採取は1950年代にほぼ途絶えてしまいました。しかし、養殖真珠が台頭する以前、真珠には天然真珠としての長い、長い歴史がありました。

 

真珠は、人類が持つ最も古い宝石で、初めてて手したのはおよそ5000年前。古代の人々は「神様の涙が凍ったもの」「海に雷が落ちてできたもの」と考えていました。さらに中世になると「二枚貝がとらえた露である」と。科学が発達していない時代だったせいか、昔の人々はどこかロマンチックな見方をしていたんですね。

 

大粒の天然真珠の存在価値が確立されたのは16世紀(およそ500年ほど前)。当時にヨーロッパの貴族の間では、真珠は富と権力の象徴でした。ネックレスやイヤリング等の宝飾品だけでなく、髪にも真珠を巻き付け、ドレスにもふんだんに真珠を縫い付けました。

 

ヨーロッパの王妃の中で最も真珠に愛着があったのはエリザベス1世。全ての肖像がの中で真珠のジュエリーを身につけて登場しており、ゴージャスっぷりを極める勢いで、その装いはどんどんエスカレートしてい行きます。宝石好きだった父ヘンリ8世や、おしゃれだった母アン・ブーリンの影響もあったのですが、おそらくはライバルだったメアリ1世を意識していたのでは・・・と言われています。

また、英国王の妃だったヘンリエッタ・マリアは、洗練された真珠の使い方で流行を生みだしました。流行の髪型からのぞく真珠のイヤリング。長さの異なるイヤリングを二重にして着けています。このスタイルは、ヨーロッパ中の宮廷の貴婦人たちの間で真似され、流行しました。

 

貴族たちが身に着けていた真珠のジュエリーたち。今、このジュエリーを天然真珠だけで作ったら、一体、いくらするんだろうか?社内外のバイヤーたちに聞いてみたところ、「販売価格は天文学的な数字になる」「完成するのに何年かかるかわからない」等の答えが返ってきました。

 

養殖真珠でさえ、品質の良いものは非常に高価ですが、さらにそれを「天然真珠だけで製作する」となると現代の貨幣価値に置き換えることができないほど高価なジュエリーになるのです。

天然真珠を贅沢に使うという夢のような時代を経て、1905年、かの御木本幸吉が明治天皇の御前で大胆に言い放った名言「世界中のご婦人の首を真珠で占めて御覧に入れます」が、時代を追うごとに現実のものとなり、戦後、ヤマトヤをはじめとする世界中の宝飾店で真珠のネックレスを買うことができる時代へと突入してゆくのです。

 

《完》

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